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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

(初出:2008/7)

徹底検証! 調査捕鯨論文のお粗末ぶり

※ 日本とオーストラリア・ニュージーランドの間で争われ、2014年に判決が下りた国際司法裁判所(ICJ)の南極海捕鯨裁判では、JARPAⅡの科学性が大きな焦点となりました。致死的調査の規模に照らして、論文の形で示される科学的成果が著しく乏しい場合、本当に科学目的なのかどうか疑いの目が向けられるのは当然のこと。判決では、中間レビューまでの6年間に刊行されたJARPAⅡの査読論文はたった2本のみで、その2本の論文で用いられたサンプル数はのべ9頭にすぎないことから、この間の3,600頭にのぼる捕殺を正当化できず、科学目的とはいえないとみなされました(判決文パラグラフ219)。そして、科学ではなく、「刺身にすると旨いミンククジラ鯨肉の安定供給」(本川一善元水産庁長官の国会答弁)こそが調査捕鯨の〝真の目的〟だったと判定されたのです。なお、2008年に掲載されたミンククジラの脂皮厚に関する論文は、その後IWCで統計処理の不適切さが指摘されたため、ICJでも認められませんでした。詳細は判決文および『クジラコンプレックス』の解説を参照。

JUDGMENT : WHALING IN THE ANTARCTIC | ICJ
クジラコンプレックス|東京書籍


 サンチアゴで開かれた2008年度のIWC総会が比較的静かに幕を閉じて半月ばかりが過ぎた7月11日、日本鯨類研究所のホームページ上に、JARPAⅠ/JARPAⅡ(第1期・第2期南極海鯨類捕獲調査=調査捕鯨)のデータに基づく論文のうち、査読制度のある学術誌に発表されたもののリストが掲載されました。ここに掲げられたのは、鯨研に所属している科学者が関わったもののうち、科学誌の編集者など第三者によるレビューを経た、客観的に見てレベルの高い選りすぐりの論文ということになります。

-JARPAの成果・日本鯨類研究所
 http://www.icrwhale.org/03-A-a-08.htm (リンク切れ)

 実をいうと、これには前段があります。米英独を中心に、科学雑誌で日本の調査捕鯨に基づいた研究論文の掲載が相次いで拒否される事態が起こっているのです。それは、主として野生動物や実験動物の取扱に関する倫理的な基準を満たしていない、言い換えれば、研究内容が致死的手法を用いるに足る水準に達していないという理由によるものです。(*1)
 実際、最も権威ある科学誌のひとつサイエンス誌で、調査捕鯨のレビューを行った数名の科学者のコメントが紹介されていますが、根拠なし」「データも貧弱」「こんなもんは〝かがくごっこ〟にすぎず、科学と呼ぶのは科学そのものに対する侮辱だ」と散々な言われよう・・。ノルウェーの水産資源学者だけは「捕鯨をやるんならあっていい調査だし、やらないんなら要らない調査だ」と言っていますが、毎年数百頭捕殺する必要性について問われると「コメントは控える」とのこと。国際捕鯨条約の起草に携わった初代IWC議長は、条約で定義されるところの〝一般的な調査捕鯨〟の捕獲数を10頭以下と想定していたとも。調査捕鯨の立案に関わった日本の鯨類学者である粕谷氏もそれに近い認識を示しています。(*2)
 同様に、オーストラリアでも3名の科学者がJARPAⅠ/Ⅱのレビューを行い、「0点」という評価を下しました。また、同じ2008年のIWC総会では、沿岸をサンクチュアリに設定した開催国チリの代表から、日本の調査捕鯨の科学的な成果について初めて(!)論議されることへの期待が表明されましたが、なんと日本政府代表は「とやかくいうのはルール違反だ」ととんでもないことを言い出す始末。内外の批判に対して、科学的必要性を錦の御旗に南極で年間数百頭もの野生動物を捕殺してきた〝建前〟を、自ら根底から崩しかねない台詞です。「ぜひ隅から隅までチェックしてください。どうです、素晴らしい成果でしょう?」と、なぜ胸を張れないのでしょうか? これはいわば、誰にも注文を付けたり、検証を求めることは許さないという、科学的・合理的姿勢とは真っ向から反するものと言わざるを得ません。(*3)
 で、こうした批判に対する回答として、鯨研が「いや、成果ならちゃんとあるんですよ」と出してきたのが、上掲リンクのリストというわけです。
 論文の検証に移る前に、まず調査捕鯨でどのようなデータが収集されるのかを見てみましょう。

表1.2002/2003年のJARPAの生物調査で収集された記録と標本の概要

 表1はJARPA終盤の2002/2003漁期に採集された標本のリスト。たくさんあるようですが、用途別に分けているので重複しているものもあります。基本的には、《身体測定》《卵巣・精巣・乳腺等の生殖組織及び胎児》《遺伝子サンプル》《化学分析用サンプル》《胃内容物》《年齢査定用耳垢栓・髭板》に分けられます。捕殺したすべての個体から採取しているのは53項目のうち25と半数以下(表の黄色部分。一部作業中のミス等で取りこぼしたものもある模様)。なぜ、全個体から組織サンプルを完全に収集しないかというと、大事な〝副産物〟の鮮度が落ちないように、手際よくさばいて冷凍庫に放り込む必要があるから。
 他の野生動物で同様の生物学的情報を得る場合、自然死した個体を見つけるか、有害駆除などの事情で入手した死体を使うのが基本です。大型の野生動物で、標本採取を理由に毎年数百頭を殺し続ける動物学は、日本の鯨類学以外に存在しません。動物学一般に当てはめるなら、ストランディングや先住民捕鯨、混獲によって入手した情報だけで十分であり、残ったリソースはすべて非致死的手法に振り向けるのが〝常識〟ということになるでしょう。致死的調査を含め、死体を拝める幸運に巡り会えたなら、徹底的に余すところなく科学研究のために供するのが、捕鯨擁護派の好きなフレーズを使うなら、命を粗末にしない科学の道といえます。キャッチャーが次々に運んできて順番待ちをしているうちに〝副産物〟が体温で傷むのを気にして、解体処理の合間を縫うように大あわてで最小限の標本のみ回収するというのは、本物の動物学者の研究姿勢とは相反するものです。
 クジラの場合、体重や各部体長などは生体を捕捉して測れない特殊事情はありますが、それでも身体測定のためにわざわざ毎年数百頭殺す動物学者はいません。遺伝子はバイオプシーでOK。もちろん他の野生動物も同じ。部位毎に入手するのは単なる贅沢。鯨研はバイオプシーについて面倒だと言わんばかりの愚痴をこぼしていますが、貴重な標本を銛で逸失させてしまう(表注、主に銛を撃ち込んだ際のショックによる堕胎が原因)ような乱暴な手法よりどれだけマシでしょうか。
 鯨研が「生態系解明に役立つ」と前面に押し出している「胃内容物」は、実際には捕殺個体の一部からしか採取されておらず、どのみちこれもバイオプシーでの脂肪酸解析より精度が低くなり、それを毎年繰り返すのは意味がありません。その証拠に、もともと商業捕鯨時代からあった餌生物に関する情報は、非致死的な観察によってピグミーシロナガスなどいくつかの鯨種で覆されました。
 有害物質の汚染を調べる化学分析用サンプルは、表だと全個体から抽出しているようにみえますが、実際に全部調べているのは〝食用として販売する〟筋肉のみです。重要なはずの腎臓のデータは、IWCに報告しているレビュー上には何故か見当たりません。肝臓については、JARPA初期には百頭前後からサンプルを採取・分析していましたが、年々数が減っていき、捕獲頭数が増えたはずのJARPAⅡではなぜか20頭分しか採集しないと調査計画に記してあります。致死的調査をする以上は、ある意味では最も科学的に有用なデータのはず。まあ、分析費用(専門機関に外注)がバカにならないという事情もあるでしょうが・・。もっとも、それも野生動物一般では「毎年分析のために数百頭殺すようなバカげた真似はしない」理由となっているわけです。そしてまた、対象種への影響を調べるなら年間数百頭の捕殺は本末転倒ですし、生態系中の化学物質の挙動を知りたいのであれば〝薄く広く〟調査しなければ意味がありません。不思議なのは、化学分析用の乳汁がわずか1頭分しか採集されていないことです。乳汁には脂溶性の有害物質が溜まりやすく、また母子間汚染の状況を調べる必要から、環境化学上の観点からは可能な限り多くのサンプルを収集するべきなのですが。
 結局、意味がありそうに思われるのは、年齢査定用の耳垢栓(ヒゲはおまけ)と繁殖関連情報収集のための生殖組織の収集のみ。しかし、商業捕鯨の新しい管理方式であるRMPは、自然死亡率など推定の精度が低い各種のパラメーターを必要としないため、そもそもそれらのデータを集める必要はないのです。

 以下、掲載された論文101本を1つ1つ検分してみることにしましょう。

表2.査読制度のある学術誌に掲載された論文 掲載誌別

 表2は、掲載誌(一部雑誌の体裁でないものも含まれる)が①IWCのレポート、②日本の科学誌、③それ以外の科学誌に分けたもの。②の日本の科学誌というのは、読んで字の如く発行元が日本国内の学会等のもの、言い換えればローカルな雑誌ということになります。専門の学術論文掲載誌ですから、雑誌タイトルまで基本的に英文ですが、中には論文自体が日本語で書かれているものも入っているようです。南極海での調査に関する論文の発表の場としては、あまり相応しいとはいえないでしょう。実際、それらの科学誌に掲載されている他の論文の多くは、国内の動物を対象に国内で行われた研究が中心です。①IWCのレポートに掲載されるのはいわば当たり前の話です。ここでハネられるようなら「International Cetacean Research」の看板は即下ろさざるを得ないでしょう。ですから、本当の意味で、内輪のみの評価でない国際水準の研究と(一応)いえるのは、それ以外の雑誌に掲載されたものということになります。表を見る限りでは、該当する論文は全体の半数に満たないことがわかります。水産庁の担当者が「科学性は半分程度」というのも、この辺りからきているのでしょう。

表3.査読制度のある学術誌に掲載された論文 研究の致死性の度合別

 表3は、各論文を①非致死的手法を用いた研究、②非致死的な代替手法が存在する研究、③致死的研究だが、少量のサンプルのみ使用、もしくは経年研究の価値が低い単発の研究、④調査捕鯨ならではの致死的研究、に分けてそれぞれ集計したものです。①は主に目視調査。②は主に遺伝子採取や餌生物判定などバイオプシーで可能なもの。分類はタイトルから著者が判断したものなので、多少ブレている可能性があります。実は、鯨研は調査捕鯨の成果と言いきっていますが、日本の調査捕鯨船団は彼らが主眼とする致死調査だけでなく、IWCに委託された目視調査と、バイオプシーなどの非致死的調査も行っているのです。非致死的調査に関しては、さも片手間にすぎないといわんばかりの表現をしていますが、蓋を開ければご覧のとおり、査読論文の3分の1以上、38本は非致死的研究、もしくは非致死的な代替技術が存在する研究となっています。調査捕鯨の科学的な成果をアピールしたい一方、非致死的調査が注目されるのは避けたい立場の鯨研としては、付随的に行っている非致死的調査のおかげで(!)何とか評価されているという現状は、かなり悩ましいものがあるのでしょうね・・。

 続いて、各年度毎の論文を個別にチェックしていくことにしましょう。

 ──というわけで、ざっと見てきたわけですが、20年かけて1万頭を越えるクジラを殺す必要のあった研究とその成果はやはりゼロでしたね・・・。調査捕鯨ならではの研究といえるものは、101本のうち5分の1の21本、「前代未聞の一大捕殺調査から一体何が飛び出してくるのか」という一抹の期待もあった、JARPAⅠが始まってほどない頃のものばかりです。2000年以降はたったの1本、それも2005年の人道的捕殺に関する研究のみ。論文数を稼いだ最大の功労者は、ウシとクジラを掛け合わせたりブタとの比較研究を進めた帯広畜産大の福井氏でした・・。
 鯨類学者でもないのに評価が手厳しすぎないか、とおっしゃる? とんでもない。大甘もいいところです。上述の海外の研究者や科学誌の編集者のレビューのコメントを見れば一目瞭然。ニューサウスウェールズ大学アーチャー理学部学部長も、「カタリスト」(オーストラリア公共放送局)で「調査捕鯨の致死的データが必要だった査読論文は、18年間のうちたった4本にすぎない」と語ったとのこと。(*4) 筆者が挙げた数字のさらに1/5ですね・・。
 さて、鯨研さん。こんなレベルでいいんですか?? あなたたちの科学研究機関としての存在意義って・・。広報に年6億円もつぎ込んだり、学校に出張して「鯨肉が給食に出たら文句を言わずに食べよう」なんて宣伝をしている場合じゃないんじゃないですか。「第三者の評価なんて受ける筋合いはない」「IWCでとやかく言われたかない」と開き直りたくなる気持ちはわかりますが、そのような開き直りはすなわち科学研究に携わる者としての使命を放棄することに他なりません。
 ところで、学術論文のクオリティを判断する一つの基準に引用数があります。どうですか、鯨研さん。内輪を除いた引用実績とか、出してもらえませんか?

■参考・引用文献/リンク:
「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」(『世界』'08/3)
「捕鯨ナショナリズム煽る農水省の罪」(『AERA』'8/4/7)
(*1)
3500-13-12-2-1(by Adarchismさん)より3本
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-28.html (*2)
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-32.html
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-33.html
拙ブログ(Beachmolluscさん、赤いハンカチさんのコメント)
http://kkneko.sblo.jp/article/17150681.html#comment (*3)
http://kkneko.sblo.jp/article/17287129.html#comment (*4)


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