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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

未確認生物ミンククジラ!?

UMA?  生物の種は、地史的な時間の流れの中で絶えず変遷を遂げ、新しい種が生まれては消えていくことを繰り返してきました。分類学上の新たな種の発見は、実際にはずっと以前から存在していた種が、たまたまニンゲンの目に触れたというだけにすぎません。新種といっても本当の意味で新たに生まれた種ではないわけです。ニンゲンによって絶滅させられた種のほうは、まさに本当の意味で死に絶えた種になってしまいますが・・。
 1998年、山口県角島付近で船舶との衝突により死亡したクジラが、骨盤骨の特殊な形態などから、いままでの分類にない新種のヒゲクジラであることがわかり、ツノシマクジラと命名されました。日本で哺乳類の新種が発見されること自体珍しいのですが、思ったほど大きな話題にならなかった印象を受けます(ヤマネコのような陸棲哺乳類だったら話は違ったかもしれませんが)。
 身体の大きなヒゲクジラであれば、種の違いなどパッと見て判別できるだろうと思われるかもしれません。ですが、遺伝的な距離は外見的な特徴と必ずしも一致するわけではないのです。見た目が非常によく似ていることから従来同種とされてきたニタリクジラは、ニタリクジラ、カツオクジラ、ツノシマクジラの3種に分けられました。また、系統分類学上の類縁関係で見ると、イワシクジラとシロナガスクジラのほうが、ツノシマクジラよりニタリクジラおよびカツオクジラに近いとする解析結果もあります。昔はニタリクジラ自体がイワシクジラと混同されていましたし、ミンククジラもアイヌ以外の昔の日本人は種として認識すらしていなかったのですが。
 このツノシマクジラ、実を言うと、このときが新発見ではありませんでした。1970年代に日本がインド洋と南太平洋で行った調査捕鯨によって既に捕獲されていたのです。化石や腐乱した遺骸の一部、生活痕であるならともかく、捕殺したての新鮮な完全標本を得ていたはずなのに、なぜ20年以上もの間、種の同定という生物学上の基本的作業が放置され続けていたのでしょう?
 新種として同定されるうえで欠かせない「肝腎の骨格標本がなかった」のがその理由。つまり、調査捕鯨で採取し保存してあるのは組織の一部のみで、骨格等は粗方廃棄されてしまっていたのです。そのため、研究者は20余年後の偶発的な事故によって必要な標本が手に入るまで待たざるをえなかったわけです。健康な生体を毎年数百頭単位で捕殺しながら、きちんと保管される標本・情報がごく限られるという大きな問題点は、現在行われている調査捕鯨でも共通していますが。
 新種のツノシマクジラ発見の成果を謳えるはずだったのは、1976/77から2年間かけて行われた調査捕鯨で、捕獲枠は南半球ニタリクジラ240頭。1972年のストックホルム会議で商業捕鯨モラトリアム決議が通った後のことです。同年は大手水産企業3社の捕鯨部門が統合してできた共同捕鯨(後の共同船舶)の発足した年でもあり、イワシクジラとマッコウクジラの捕獲枠削減に対する埋め合わせとして当時の水産庁担当者が思いついた〝裏技〟こそが、この南ニタリ調査捕鯨だったのです。モラトリアム後のJARPA(南極海調査捕鯨)のモデルともされるこのときの調査捕鯨は、海外の研究者からは標識再捕の設定の問題点が指摘されたほか、IWCでもIUCNをはじめとする環境保護団体に猛烈な批判を浴び、科学委員会での審査手続が規則に盛り込まれることとなりました。
 ミンククジラの亜種であるドワーフミンククジラの発見については、さも日本の調査捕鯨の〝手柄〟であるかのようにいわれています。しかし、生物の種の同定に年間数百頭分の標本が必要などということはありません。当のツノシマクジラも角島の1個体と捕殺されて埃をかぶったままだった8個体のサンプルをもとに同定されましたし、タイヘイヨウアカボウモドキなど深海性で生態の不明な部分の多いアカボウクジラ科には数個の頭骨標本しかないものもあります。博物学の使命のために大型野生動物を「毎年数百頭も殺す必要がある」などという突拍子もない主張は、捕鯨業界と一蓮托生の御用学者の口からしか聞かれません。他の分野なら、生きた個体の生態観察に時間を費やして、死体を回収する機会(クジラでいえば、座礁・漂着により得られる標本)に恵まれればそこから新たな情報を得るのが、当たり前の動物学者の姿勢といえましょう。

 さて、ミンククジラといえば、肉が日本人の食卓にのぼることはあっても、その生態がなお多くの謎に満ちた動物なのです。日本が毎年行っている調査捕鯨は、南半球夏季の1シーズン、わずか2ヵ月余りの間のみ。南極海はクロミンククジラにとっての索餌海域にあたり、それ以外の季節は低緯度に回遊し繁殖活動を行っていると考えられますが、その実態はベールに包まれたままです。GPSなど最新技術も合わせた非致死的調査が盛んに進められている他の多くの鯨種においては、四季を通じた移動や冬季の生態が詳細に調べられ、細かい社会行動にまで議論が及んでいる中で、捕殺標本だけは山ほどあるミンククジラに関しては、なぜかいまだに多くの資料で、冬季の生息海域、社会性、繁殖行動その他生態に関する基礎的な知識が〝真っ白け〟の状態なのです。
 2002年以降のJARPAでは、「繁殖海域における分布及び系統群判別に必要な情報を得るため」と称して南半球中低緯度鯨類目視調査が項目に含められました。ところが・・蓋を開けてみると、南極への行きと帰りに通った〝ついで〟の目視だけ。ミンククジラたちが回遊時期とコースを捕鯨船団の来遊とぴったり合わせてくれるわけがないのは、素人でさえわかることです。必要な生態に関する情報を得るために設計された調査になっていないのです。結局、〝手ぶら〟で帰ってきたうえ、「当初予想したほど単純ではなく、生態系やそれを包含する海洋環境が複雑に関係していることがわかってきました」なんて、お茶を濁すような結論でごまかしておしまい。そりゃ、当然でしょう。いつもどおりの鯨肉回収事業を続けながら、冬季の生息海域・回遊・繁殖行動を始めとする、ミンククジラの未解明な基本的生態を明らかにすることなど、できるわけがありません。科学を至上命題とするならば、数年間夏季の南極海への捕獲調査などきっぱりやめて、冬季を中心とした広範な低緯度海域における徹底した目視調査に切り替え、研究費用をそちらにすべて振り向けるべきでしょう。コストパフォーマンスという点では、得られる科学的知見は調査捕鯨などの比ではないはずです。
 実際のところ、調査捕鯨を今後何年続けようと、生物学上の目新しい知見は出てきようがありません。過去の集積と、毎年各地で発生する座礁・漂着事例から得られる以上の科学的成果などないのです。汚染の調査はほんの数個体の一部臓器について行われるだけですし、各海域の海水や南極圏の他の生物からの情報を入手し汚染のメカニズムを調べずに、延々とミンククジラの分析だけ続ける意味はありません。胃の内容物による生態系構造の解明も然り。組織のDNA鑑定による系統群判別もバイオプシーで十分。いずれも調査捕鯨を継続するためのまやかしの名目にすぎません。下顎骨のモーメントがわかったところで、ゲーセンのクレーンゲームよろしく、科博に模型を作ってこどもに遊ばせるのが関の山。殺した死体の研究から世間に発信できる成果なんて、その程度のものでしかないのです。
 今日の動物学研究において、非致死的な代替手法の開発により致死的研究の意義がますます薄れてきています。日本の鯨類学は、科学と無縁な国策によりかかり、死体から利益を得る産業の〝道具〟としての歴史的呪縛から逃れられず、毎年耳垢栓の切片を作ってレポートするだけの新味のない研究に成り果ててしまいました。致死的研究の突出による、ミンククジラの生態に関する知識の極端なアンバランスは、その証左にほかなりません。
 ミンククジラには未だに多くの謎が残されています。その非致死的研究からは、他の科学分野のように、他の野生動物を対象にした生物学者のように、非致死的研究オンリーで数々の興味深い成果を挙げている海外の鯨類学者のように、生物学フリークをうならせるような、ナショジオやBBCやNHK発の科学ドキュメンタリー番組で一般の人たちを啓発できるような、おもしろいネタが多数掘り出されるに違いありません。やる気があればできるはず。あるいは、致死的研究に投下されるエネルギー・資金を非致死的研究に振り向けさえすればできるはず。
 死体の味だけで、南極の海に住む生きた野生動物であるクジラたちのことを何一つ知らない日本人。7分後に出てこなければ(次に狙うのは)15分後──という殺しのテクニックに特化した知識しか持たない日本の捕鯨業者。9割以上を水面下で暮らすクジラたちの生態・行動についての知識を、彼らは決して持ちえませんでした。メル・ヴィルの描く大航海時代の白人の鯨捕りと同レベルだったのです。クジラが歌うことさえ知りはしなかったのです。クロミンククジラの生態のうち1年の3/4以上はわかっていません──いまも。
 そんな無知な日本人は、水産庁や日本捕鯨協会がばらまく非科学的な食害論を真に受け、生態系を構成する野生動物にすぎないミンククジラを、あたかも漁業/人間に仇なす〝エイリアン〟のごとく敵視しています。クジラについて知らないというより、やはり自然環境に対する基礎的な素養が圧倒的に不足しているために、そうしたデタラメな言説がまかりとおってしまうのでしょう。
 その悲しい国・捕鯨ニッポンで、子供たちが有無を言わさず食べされる学校給食の竜田揚げや、永田町の先生方が頬張っている〝美味い刺身〟は、かくも常識を超えた未確認生物の死体なのです──。

《参考リンク》
 間引き必要説の大ウソ
 新種のヒゲクジラの発見|中央水研ニュースNo.34
 ヒゲクジラの系統も SINE 法で〆|きまぐれ生物学
 ツノシマクジラあれこれ|〃
 科学的調査捕鯨の系譜:国際捕鯨取締条約第8条の起源と運用を巡って|真田康弘、環境情報科学論文集Vol.22


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