捕鯨は牛肉生産のオルタナティブになり得ない
「ウシ(牛肉生産)の方が環境を破壊しているじゃないか」
捕鯨擁護論者は言います。
牛肉生産がどのように環境を破壊しているかといえば、彼らに代わって具体的に説明するなら、牧場を切り開くために森林を破壊している、迂回生産のため大量の飼料を必要とする、同じく大量の水を消費する、反芻動物であるため大量のメタンを排出することなど。このうち、気候変動の点からとりわけ見過ごせないのが、地球温暖化係数が二酸化炭素の25倍に上るメタン排出問題です。
では、牛肉生産による環境破壊を減らしていく、あるいはなくしていくためには、どうすればよいのでしょうか?
「ウシ(牛肉)を食べるのをやめて、クジラ(鯨肉)を食べよう!」
──という声が聞こえてきてもよさそうですが、どういうわけか捕鯨サークル(水産庁/日本鯨類研究所/共同船舶株式会社・日本捕鯨協会)からは、そうした主張は聞かれません。所轄官庁である農水省が牛肉生産の削減目標、それによってどれだけ環境負荷を減らすことができるかを国民に提示したうえで、畜産農家や牛肉輸入業者への振興予算を削減し、その分を転業のための補助金と捕鯨部門に回すといった具体的な政策を推進することは一切ありません。農水大臣が先頭に立ち、「牛肉をやめて鯨肉を食べよう」キャンペーンを張ることもありません。彼らはただ、調査捕鯨正当化の文脈のみにおいて、ひたすら「ウシのほうが悪い」と連呼するのみです。農水省が沈黙する理由は言わずもがなですが・・。
しかし、本当に牛肉生産が環境に悪いのであれば、何らかの対策を講じないわけにはいかないでしょう。「環境を破壊する牛肉生産を減らす(なくす)ためにはどうすればいいか」というオルタナティブ=代案を提示するとともに、その実効性を明らかにすることによって、ようやく単なる揚足取りから正当な問題提起へと昇格するのですから。
そもそも、牛肉生産は何のために行うのでしょうか? 答えは、人間が食べるため。それも、嗜好品ではなく、人体に欠かせない栄養素である蛋白質を摂取するための食品として。皮革やペットフード(主にクズ肉)もありますが、これらは副産物で生産量を規定してはいないので、無視することにしましょう。環境負荷を減らすためには、まず「A.生産量は妥当なのか?」「B.生産の手法は妥当なのか?」「C.代替は可能か? 可能だとすれば選択肢は何か?」という3つの論点から順々に検証する必要があります。
A.はすなわち「生産量が需要に見合っているのか?」。過剰な生産は、そのまま環境負荷の増大につながります。現実には、ここで経済的要素を考慮しないわけにはいきません。また、「消費自体多すぎることはないか? 社会的に、あるいは栄養学的に適正なのか?」も問われるべきでしょう。これは、決して避けては通れない先進国と発展途上国との構造格差の問題にも結び付く話です。
B.は「より環境負荷の低い生産の仕方はあるか?」「あるとすれば、転換のための社会的・経済的コストはどの程度か?」。「環境負荷を抑える技術は存在するか?」「現在なくても見通しはあるか?」「導入に際して採算性等の障壁はあるか?」といったことも考慮しなくてはなりません。
B.が牛肉生産の環境負荷を下げることを念頭に置いているのに対し、C.は環境負荷の高い牛肉生産そのものに代わる選択肢を探るものです。つまり、C.の問いに対する回答は、牛肉と置き換えることが可能であり、なおかつその環境負荷が牛肉生産より相当程度低くなければいけません。また、別の新たな環境問題や社会問題を生み出すこともあってはなりません。でなければ、代案の意味がなくなってしまいます。一例を挙げると、ウシの飼料に肉骨粉を混ぜるのは、動機はコスト低減のみだったとはいえ、確かに一種の〝リサイクル〟には違いありません。しかし、その結果引き起こされたのが狂牛病禍でした。代案には、そうした問題点が含まれないか、厳しく検証することが求められます。
上記の論点を踏まえたうえで、A.B.C.3つの観点から牛肉生産による環境負荷を下げるためのオルタナティブの具体的検討に入りましょう。ただ、「環境負荷を減らす」ことと「環境負荷をなくす」こととの間にはかなり大きな隔たりがあります。現時点では、牛肉生産は経済活動の非常に大きな部分を占め、また牛肉需要も途上国を含む人類全体の食糧需要のかなりの部分を占めていることは否定できません。牛肉生産を明日から全廃するのは無理な相談です。ですから、A.B.C.いずれの解決策を用いるにしても、牛肉生産と比べた相対的な環境負荷が著しく低く、部分的な転換であっても高い効果が見込めるか、もしくは社会的導入コストが低く牛肉生産のかなりの部分に対して適用可能とみなせることが、代案たり得る条件となってきます。もう1つ、国・地域によって条件が大きく異なるため、対象を日本に絞ることにします。
以下に12の代案を列挙してみました。1つずつ検討していきましょう。
- A1.食料廃棄を徹底して減らす
- A2.過剰消費を見直す
- A3.炭素税(温室効果ガス税)の導入
- B4.工場畜産から伝統的畜産へ
- B5.輸入から地産地消へ
- B6.新技術を活用したメタンの排出削減・再利用
- C7.他の畜肉への切り換え
- C8.他の獣肉への切り換え
- C9.魚への切り換え
- C10.昆虫への切り換え
- C11.植物蛋白への切り換え
- C12.鯨肉への切り換え
A1.食料廃棄を徹底して減らす
生産と消費のミスマッチをなくし、需給バランスの適正化を図ることで、生産量/環境負荷を抑えるもの。日本は世界トップクラスの食糧廃棄大国であり、年間食糧廃棄量は環境省の推計で約1,700万トン(ただし、生産段階の廃棄は含まれず)。そのうち可食部の推計が500~800万トン。これは日本の輸入食糧の1割以上、世界の食糧援助総量の2倍に相当します。重量だけみれば、日本の年間牛肉消費量約120万トンの4~7倍にあたります。
特に日本で顕著な問題として、未利用魚の廃棄、生産段階の過剰な規格化、商慣習に基づく流通段階の消費期限と納入・店頭販売期限の乖離(他の先進国より返品までの期限が大幅に短い)、食品ロスを大量に生む惣菜品の取扱量とその種類の多さ、消費者の潔癖症的感覚(賞味期限へのこだわりやドギーバッグ未普及等)が挙げられます。
牛肉生産による環境破壊を減らすうえでも、食品廃棄の削減は真っ先に取り組むべき課題であることに議論の余地はないでしょう。環境問題の総論の文脈でエネルギーや資源を節約することが第一に奨励されるのと同様に、食べ物(命)を粗末にしないのは当たり前のことなのですから。
日本の食文化キーワードで診断する鯨肉食・一物全体食
《参考リンク》
食品ロス削減に向けて|農林水産省
A2.過剰消費を見直す
こちらは消費量自体がはたして適正かどうかを問うもの。もともと消費の多かった欧米では、1人当り牛肉消費量は徐々に減少してきています。狂牛病や口蹄疫の発生による健康不安、それと対になった健康指向、そしてまさに環境負荷の高さ故に、牛肉離れが進んでいるのです。現在牛肉需要が伸びているのは中国と人口が増加している発展途上国ですが、日本も他の先進国とは逆に消費量が徐々に増加中なのです。
肉食が健康にいいか悪いかについては諸説紛々としていますが、国民の間でメタボリック症候群が蔓延し、大腸癌や食道癌、高血圧、心臓疾患が増加しているのは、肉類の消費が増えたことと無関係とはいえません。とくにこどもたちの間で、十代のうちから重度の肥満や小児成人病が急増しているのは由々しき問題だといえます。
科学的には、加工肉の摂取が心臓病と糖尿病のリスクを高めることがわかっています。赤肉が若死にのリスクを増やすという研究結果もあります。WHOの下部機関IARC(国際ガン研究機関)も、赤肉や加工肉の発癌性に警告を発しています。
つまり、健康被害をもたらす肉食過多を戒めることで、単純に牛肉消費・生産を減らすことは可能なのです。鍵を握るのは啓蒙ですが、捕鯨擁護プロパガンダの見事な成功例もあることですし、日本政府が環境負荷を下げるために真剣に取り組もうと思えば、決してできない相談ではないでしょう。
《参考リンク》
The World Health Organization is expected to say red meat is linked to cancer
「肉食は健康になる」はウソ? 医学的に証明された「心も体もボロボロ」の真実
A3.炭素税(温室効果ガス税)の導入
いわゆる炭素税を導入し、その中でウシ由来のメタンについても税率を定め、その税収をすべて気候変動対策にあてるもの。より費用対効果の高い産業分野で温室効果ガス削減を推進することに、牛肉生産の収益を充てるというわけです。いわゆる排出権取引を国・地域ベースではなく産業ベースで行う考え方です。業界全体で節税に務めることで、生産の適正化や主体的な排出削減への取り組みを促すこともできるでしょう。また、別の考え方として、従来の排出権取引の仕組みを利用することもできます。発展途上国での畜産による排出削減に取り組めば、コストのハードルも国内より下がり、もっと高い費用対効果が見込めるでしょう。
《参考リンク》
「農畜産業における温室効果ガスの排出権取引研究」
B4.工場畜産から伝統的畜産へ
飼料を輸入に依存し、畜肉生産と完全に切り離す工場型畜産ではなく、生産効率は低くても環境負荷の少ない持続的な畜産へ転換することを求めるもの。同じ牛肉生産でも、ヨーロッパの伝統的な混合農業のような「環境にやさしい畜産」への転換を図れば、トータルの環境負荷は下げることができます。実際、有機農業型畜産への転換だけでも、温室効果ガス排出量を40%、エネルギー消費では85%も削減することができます。また、工場畜産を伝統的な放牧に戻すことで、水資源にかける負荷も1/60に減らすことができます。
反反捕鯨論者はしばしば捕鯨=善、畜産=悪という単純な図式を当てはめたがりますが、それは必ずしも事実ではありません。あらゆる産業がそうであるように、環境に悪い牧畜もあれば、(相対的に)環境に優しい牧畜もあるのです。森林破壊を伴わず、農業生産の向上にも寄与し、殺虫剤や化学肥料の使用を低減し、十分に自由な運動ができる点で動物福祉の観点からも好ましく、野生動物が共存できるバッファーゾーンにさえなりうる混合農業は、その典型といえるでしょう。それは、昔ながらの伝統が示す持続的産業の模範でもあります。完璧な自給型の混合農業になると、ウシの飼育は乳・乳製品の利用を主目的としたものになりますが。
《参考リンク》
Meat is murder on the environment (NewSientist,2007)
ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト (P・リンベリー/I・オークショット)
B5.輸入から地産地消へ
フードマイレージの視点から環境負荷を抑えようという考え方です。牛肉及び飼料の輸入対象を、より近場の生産国に切り換えることで、輸送にかかる環境負荷の低減を図ろうというわけです。もちろん、牛肉も飼料も日本国内で生産するのが理想でしょう。飼料生産を国内にシフトするほうが難しそうですが、輸入飼料作物に依存して国際市況に振り回されずにすむ点で、畜産農家にもメリットはあります。アメリカやオーストラリアに遠慮する必要などありません。アメリカも補助金を出しているのですから、日本もせっせと飼料自給型畜産を奨励すればいいのです。休耕田や余剰米の活用にも役立ちますし。多少値段は高くなっても、「環境にやさしい国産牛肉」と銘打ってブランド化すれば、賢い消費者ならついていくでしょう。最大の課題はむしろ旧態依然とした後ろ向きの農業・食糧政策です。
《参考リンク》
飼料を加味した牛肉のフード・マイレージ
B6.新技術を活用したメタンの排出削減・再利用
前掲2つの提案とは逆に、近代技術を積極的に活用するもの。対象がウシである限り、メタン排出の問題は回避できないため、その部分を補う発想で、技術自体はすでに存在します。まず、畜産からは大量の廃棄物(家畜の排泄物)が出されますが、そこから出るメタンを回収し、燃料として発電などに用いれば、環境負荷を大きく減らす一石二鳥の解決策となります。家畜の糞尿からメタンを生産するバイオガスプラントは、世界では再生可能エネルギーの1つとして注目され、北欧から東南アジアまで広く普及しています。国内でもいくつかの自治体で実用化されているものの、法的な制約などもあり、各国に比べ導入は遅れています。自由放牧型ではウシの排出するメタンを直接回収するのは困難ですが、排出量を計算して同量のゴミ由来メタンの回収利用等に利益を還元すれば清算できます。
さらに、日本の畜産研究者により、飼料の改善によってメタン排出自体を大幅に抑制できることも明らかになりました。今日では、帯広畜産大の研究者が開発したシステイン含有飼料のほか、カシューナッツ殻油、フマル酸、乳酸菌やアルカリゲネス菌、過酸化水素等からなるさまざまな飼料添加抑制剤が開発されています。システイン含有飼料の場合、導入コストは1日1頭当り100円。全部小売価格に転嫁した場合でも、牛肉100gにつきたった4円値上がりするだけですみます。唯一の障壁は、農水省・厚労省による飼料添加物としての認可のみです。
上掲の有機型畜産への切り替えとセットにすれば、トータルの環境負荷をこれまでの1割以下にまで削減することも決して不可能ではありません。このように、テクノロジーも伝統と組み合わせて賢く使えば、弊害を生むことなく環境問題の解決に役立てられるわけです。
《参考リンク》
バイオガス発電、日本の現状|株式会社アクアス
家畜ふん尿及び食品廃棄物からのメタンガス回収|農研機構
温室ガス削減に効果?家畜のゲップからメタン除去、帯広畜産大が開発
反芻動物用メタン生成抑制剤および飼料組成物
飼料用組成物およびそれを含有する飼料
メタン生成の抑制方法
C7.他の畜肉への切り換え
これはシンプルに牛肉から豚肉・鶏肉への転換を奨励するもの。牛肉に比べれば環境負荷は大きく下がります。飼料国産化を進めればもっと下がります。牛肉から鶏肉への切り替えだけでも、温室効果ガス排出量は70%削減できると指摘されています。豚肉は残飯を与えることで環境負荷を下げられますし、有機のアイガモ農法も同様に環境負荷の小さい畜産といえます。ヤギは反芻動物ですが、1頭当りの排出係数(消化管内発酵)で比較すると、肉用牛の16分の1。ヤギも飼料に関わる環境負荷はほぼ発生しません。動物福祉の問題を外せば、牛以外の伝統畜産は有用な代替案といえるでしょう。ただし、ラム肉(子羊)は牛肉に並ぶほど温室効果ガス排出量がきわめて高いため、代替には向きません。
C8.他の獣肉への切り換え
イノシシやシカの肉、いわゆるジビエの利用を推進し、牛肉の代替に充てるもの。現状では有害鳥獣として駆除されてもそのまま遺棄されるケースが多く、長野県ではジビエの年間生産量は12.3トン(2012年)、ニホンジカの捕獲頭数のうち利用されたのは4.5%にとどまっています。確かに、捕殺した以上は利用しないとバチが当たるというというものしょう。環境省は十年かけてニホンジカの生息数を半分に減らす管理計画を打ち出しており、仮に駆除と処理/利用を目標どおりに進めた場合、全国のシカ肉の供給量は年間数万トンは下らないと推測されます。その点は、膨大なエネルギー消費のわりに生産量がごく限定される(後述)捕鯨に頼るよりは、はるかに現実的といえるでしょう。
しかし、加工場や流通システム、ブランド/市場が確立されると、食肉生産が目的化して歯止めが効かなくなるため、野生動物保護の観点からは大きなリスクをはらんでいます。また、品質や生肉による感染症の問題のほか、現状では処理施設の運用を自治体の補助に頼らざるをえず、青森県むつ市のように、累積赤字が膨らんだためイノシシ飼育事業の継続を断念したケースもあります(もっとも、赤字は年間数百万円で調査捕鯨に比べれば微々たるものでしたが)。また、環境負荷が少ないといっても、誤射による人命損失や鉛散弾による猛禽等の汚染問題など、他にも負の側面があることも考慮が必要です。
《参考リンク》
平成27年度信州ジビエ活用推進の取組|長野県
ジビエを食べればシカは本当に減るのか?
C9.魚への切り換え
これについては説明は要らないでしょう。欧米でも日本に倣い魚食ブームが起こっています。肝心なのは、水産業の抱える問題点を直視することです。
実を言うと、迂回生産の仕組みは、二百海里時代以降幅を利かせるようになった養殖漁業にも、そっくりそのまま当てはまります。小麦→ウシと同様に、イワシ→ブリの場合は直接イワシを食用にした場合に比べて14倍もエネルギーコストがかかります。マグロの畜養ともなれば、その非効率性ははるかに高くなるでしょう。資源管理型漁業といえば聞こえはいいですが、排泄物等による富栄養化・処理コストから抗生物質使用に至るまで、一次的に影響を及ぼすのが海か陸かというだけで、環境にもたらす負荷の点では陸上の畜産と本質的な差はないのです。
養殖だけではありません。遠洋漁業は当然のことながら大量の石油を消費して漁船を走らせます。遠洋マグロ漁船1隻が1年の航行で消費する重油は千キロリットルにもなります。日本の水産業全体でみれば、漁獲物1キロの生産に対して約0.5リットルの石油を消費しており、生産高でみれば他産業と比較して4、5倍ものエネルギーがかかっているといわれています。生産者価格あたりの漁業のエネルギー消費量(環境負荷原単位)は約100GJ/百万円、CO2排出量換算でも2トン-CO2/百万円で、他の一次産業のほぼ4倍と突出しており、鉱業よりも高くなっています。水産大国から水産物輸入大国へ変質した現在、さらに輸送や冷蔵冷凍など、水産物の消費そのものにかかるCO2コストが加わってきます。
農産でも、畜産でも、水産でも、有機や自然農法、沿岸定置網等、比較的環境にやさしいものもあれば、温室・農薬・遺伝子組み替え、地球の裏側から航空輸送される野菜、森林乱伐やメタン排出につながる大規模牧畜、マングローブを破壊する養殖や捕鯨に代表される大がかりな遠洋漁業など、「地球にヤサシクナイ」ものもあるわけです。それは当たり前の話。漁業が〝善〟か〝悪〟かという単純な二元論では、いま社会に求められる持続可能な一次産業を構築していくことはできません。
欧州ではMSCという認証制度を導入して、厳格な資源管理のもとで漁獲された魚であることを消費者に対して保証しており、こうした制度が環境意識の高い市民に支えられています。一方、日の丸印の認証制度であるMELは業界団体の〝自画自賛〟のお墨付きに等しく、数々の問題点が指摘されています。必要なのは、沿岸の海の持つ生産力と釣り合うように、漁獲と消費をコントロールすることです。しかし、日本近海の商業漁獲対象魚種の過半で資源状態が悪化しているのが現状です。これまで捨てられてきた未利用混獲魚種の利用は悪くありませんが、深海魚など開発の歴史が新しい漁業資源については、資源量や生態に不明な部分が多いので慎重さが必要です。
これらの諸問題を考慮したうえで、相対的に環境によりよい漁業を支援していくべきでしょう。
参考リンク:
まぐろ消費に伴う大気汚染物質LCI(南他、2004 日水誌)
世界の漁業は気候変動に備える必要がある|FAO
C10.昆虫への切り換え
昆虫食は近年畜肉に替わる蛋白源として世界的に大きな注目を浴びています。栄養的にも、環境負荷と経済的コストの面でも、鯨肉が太刀打ちできる余地はまったくありません。まさに将来起こりえる食糧難から人類を救ってくれる救世主といえるでしょう。日本では昔から各地でイナゴやハチの子が食用とされてきましたし、同じ節足動物のエビ・カニが食物として定着しているので、心理的なハードルも下げられるはずです。
参考リンク:
「昆虫食」が世界を救う? 日本の「昆虫料理研究会」にも海外注目
FAOの昆虫食報告書”Edible insects Future prospects for food and feed security”の要約(日本語)
C11.植物蛋白への切り換え
まず、動物性蛋白質なるものは実際にはなく、問われるのは必須アミノ酸20種のバランスだけなので、玄米と豆類のたった2品目でアミノ酸スコア100%は問題なく達成できます。
農業にももちろん、環境にやさしい農業・やさしくない農業があります。農薬や化学肥料の多使用、周年ハウス栽培によるエネルギーの浪費、労働コストの低い途上国で生産した野菜をジェット機で輸入する形態などは、環境に悪い農業の典型といえます。それに対し、有機農法や自然農法による地産地消型の農業こそは、生産者と消費者の結び付いた持続可能で環境負荷の最も低い理想的な食糧需給のあり方といえます。そうした「環境にいい農業」を選択するだけでも十分なのですが、これまでの議論と異なる点が一つあります。畜産と養殖漁業は迂回生産です。家畜や養殖魚を育てるためには、その何倍もの飼料が必要となります。ですから、環境負荷の見地からすると、飼料用作物の一部をヒト用に転換すれば済んでしまう農業のオルタナティブには、どうあがいてもかないません。一方、(養殖以外の)漁業と狩猟は自然収奪型なので、持続可能であるためには生産量を厳しく制限する自己チェック機能が厳しく要求されます。千年単位の歳月をかけてモラルを構築してきた先住民、あるいはMSC認証のような自然科学・社会科学両面に配慮して設計された安全装置がなければ、コントロールを失って乱獲に陥るのが必然なのです。自然の生産力には限りがあり、生態系のバランスを崩さずに人口増に対処することもやはり不可能です。実際、世界に広がるベジタリアニズムの最も強力な動機は、動物福祉/権利とともに、飢餓問題の解決を目指す人権尊重の観点なのです。
少なくともヒトは、多くのネコ科動物のような純肉食動物ではありません。アザラシの肉を生で食し、平均寿命の非常に短かったかつてのイヌイットを除けば、食糧の大半を肉が占める民族は世界中のどこにも存在しません。今日、先進国では広義のベジタリアンが人口の1割以上を占めるといわれ、インド、台湾、レバノンなども菜食人口の多い国として知られています。残念ながら、現代の日本は社会制度や偏見の壁に阻まれ菜食者が最も暮らしにくい国となってしまいました。
しかし、〝畑の肉〟への転換こそは、日本/日本人に最も適したオルタナティブといえます。そこには、近代捕鯨などよりはるかに歴史的に、文化的に馴染んでいるという背景もあります。かつて日本の人口の9割を占めていたのは貧しい農民でした。主食は雑穀、仏教の教えに従い家畜を大切にし、銃刀所持も禁じられ、肉を口にする機会は実質ゼロに近かったのです。魚食も沿岸漁民の地場消費に限られ、全国に普及したのは明治以降です。それが日本の最もオーソドックスな食生活であり食文化であったのです。欧米の菜食者がサプリに依存しがちなビタミンB12も、日本でなら海苔、納豆、味噌など伝統的な食事で十分賄うことができます。
もっとも、牛肉生産による負荷を少しでも減らすという意味では、必ずしも完全菜食者(ヴィーガン)になる必要はなく、欧米で提唱されているミートフリーマンデーのように、〝ゆるベジ〟のスタイルでも十分な代替効果が期待できるでしょう。
日本の食文化キーワードで診断する鯨肉食・不殺生
参考リンク:
将来の食料問題を解決するのはクジラではなくイモだ
ベジタリアンでエコロジー
C12.鯨肉への切り換え
この代替案(?)はきわめて重大な問題を数多くはらんでいます。代替食の中では環境負荷がとりわけ高いうえ、過去には国際的な原生自然保護区として厳格に保全されるべきところの南極海生態系を徹底的に痛めつけた凶悪な前科を持ち、その後も持続可能性を証明できた試しがありません。「相対的にみれば環境によい捕鯨」といえる沿岸捕鯨も、実際には過去の乱獲や規制違反を繰り返していた前歴があり、生産量もごく限られます。もし、牛肉需要のある程度の部分を満たそうとすれば、ミンククジラの日本海側系群をはじめ個体数の少ない沿岸の鯨種に多大な影響を及ぼすことになります。
ここで、本当に鯨肉が他の代替案より優れているのかどうか、わかりやすく数値で比較してみることにしましょう。環境指標としてよく知られているものにフードマイレージがありますが、わかりやすいものの距離のみに基づく指標であるため、LCA(ライフサイクルアセスメント:製造、使用、廃棄、輸送等すべての過程における負荷を評価する手法)に基づきより正確なトータルの温室効果ガス排出量を求めたのがカーボンフットプリント(CFP)です。フードマイレージにしても、およそ1万2千kmの距離を往復する南極海捕鯨の場合、〝本物の〟国産品とは桁違いに数字が膨れ上がるわけですが。ただ、食品のCFPは生産地・時期・農法等によってバラツキが大きいと予想され、あくまで参考程度の指標といえます。
下掲のグラフが、既知の蛋白食品のCFP(参考値含む)と筆者の試算した鯨肉のそれを比較したもの。
一番下段の国産高級和牛は、「牛肉が環境に悪い」というニュースの元ネタである国立畜産草地研の研究グループが発表したデータ。ただし、この値は牛肉一般の値ではないので注意が必要です。あくまで日本の、霜降り肉にするために長期肥育する高級和牛品種の、輸入された濃厚飼料中心で育てられたもの。この輸入濃厚飼料の7%を、休耕地で育てた大麦の飼料に切り替えるだけで、温室効果ガスをおよそ2割削減することが可能になります(下から2番目)。下から4番目は、上掲のBで提示した各気候変動対策をすべて施した場合。マグロは遠洋延縄・巻き網と定置網で獲れたものとで大きく値が違ってきます。
公海調査鯨肉(JARPAⅡ+JARPNⅡ)に関しては、インベントリをすべて網羅してある他の食品と異なり、輸送と加工・販売の過程で排出される量の一部を筆者がざっくり計算しただけであり、他の食品と同等の条件にした場合、これよりさらに大きな値になることは否定の余地がありません。それを除いても、オーストラリア産エコビーフと同等以上の温室効果ガスを排出することが明らかです。南極海に限った場合、数字はもっとふくれあがります。なお、試算の詳細は下掲リンクをご参照。
もっとも、温室効果への寄与のみ考慮する場合には、畜肉や水産物と同様、相対的に負荷がかなり少ない鯨肉も存在しないわけではありません。それは、沿岸の定置網で混獲されたクジラの肉(ただし、地場消費で水揚げ後長期間冷凍保存せずすぐに消費される場合に限る)。密漁の偽装に使われる可能性を完全に排除し、混獲削減に努めるとともに、個体群への影響をきちんとモニタリングできる場合に限り、消費されても問題ないと筆者は考えます。過って網にかかってしまい生残の可能性のないクジラを利用する分には、命を大切にする日本人の精神にもかなっているといえるでしょう。生産量はごく限られますし、偶発的な〝自然からの授かりもの〟であり、積極的に求めて手に入るものではありませんが。
もうひとつ重要なのは、仮にIWCで改定管理制度(RMS)の合意が成立するなど、あらゆるハードルをクリアして南極海商業捕鯨が可能になったとしても、そこから持続可能な形で供給できるのは年間2,900トンが限度だという点です。つまり、日本人の年間牛肉消費量120万トンのわずか0.2%しか代替できないのです。食糧廃棄量との比較では、日本が毎年食べられるのに捨てている食べ物の2,000分の1程度にしかならないのです。この制約は、一部の牛肉以上に環境負荷が下がらないことと合わせ、代替案としては致命的といわざるをえません。
遠洋調査捕鯨は地球にやさしくない
クジラと地球温暖化・捕鯨の〝加害者〟としての側面
鯨肉は食糧危機から人類を救う救世主?
《参考リンク》
カーボンフットプリント
食品を巡るカーボンフットプリント:その動向
まぐろ消費に伴う大気汚染物質LCI(南他、2004 日水誌)
Evaluating environmental impacts of the Japanese beef cow-calf system by the life cycle assessment method (Animal Science Journal,2006)
LCA手法により評価した肉用牛肥育の環境影響|農研機構
LCA手法による休耕地を活用した濃厚飼料供給システムの環境評価|農研機構
「クジラの肉は牛肉より環境に優しい=ノルウェー活動家」(ロイター)
さて、筆者は公平に捕鯨を含めてとりあえず12のオルタナティブを提示してみましたが、他にもあるかもしれません。結論からいえば、鯨肉は環境負荷が牛肉生産と遜色ないうえに、持続可能な生産量ではカバーできる割合が圧倒的に小さいため、「牛肉→鯨肉」では何の解決にもならないのです。「牛肉→鯨肉を含む代替案」は高いもののごく一部を同程度に高いものに置き換えるだけで実質的に無意味であり、環境負荷を下げたいなら「牛肉と鯨肉→代替案」にすれば話は終わってしまいます。すなわち、C12を除いた残り11個を効果的に組み合わせることが、最善の解決策なのです。環境問題とは無関係にただ特定の食品に執着を抱いている一部の層を除けば、「牛肉生産による環境破壊」を減らすことに関心のあるだれもが同じ結論にたどり着くことでしょう。
付け加えれば、〝安全な捕鯨〟と〝安価な鯨肉〟が決して相容れないのと同じ、捕鯨産業の抱える二律背反がここにも存在します。捕鯨推進派は「鯨肉は牛肉その他の食品には置き換えられない」と強硬に主張しながら、一方で「鯨肉は牛肉の代替になる」とまったく矛盾に満ちた見解を唱えているのですから。まずは上掲の1から11までの代替案を限界に至るまで実施し、鯨肉以外に頼れるものがもうないというところまで牛肉生産による環境負荷を減らしたうえで、改めて捕鯨の是非を問うべきではないでしょうか? 少なくとも、日本の食糧廃棄量が南極海捕鯨による鯨肉生産量より多い間は、日本の身勝手な主張に世界が耳を傾けるとは到底思えません。
捕鯨擁護派は、捕鯨を除いた代替案を一つも提示したことはありませんでした。どのようなマイナス要素があるか、他の代案と比較して相対的な利点・欠点を検証することも一切しませんでした。「牛肉生産に伴う環境負荷を下げるために、ではどうすればよいか」という、具体的な道筋を描くこともまったくしませんでした。彼らの言い分は、「どうせ畜産だって環境に悪いんだから、環境に悪い捕鯨だって認められるべきだ」という身も蓋もない開き直りに他なりません。いっそ牛肉のことなど一言も言及せずに「クジラは旨い!」「クジラを殺したい!」と主張するほうが、正直な分まだマシでしょう。南極産〝旨い刺身〟を貪りたいという欲望を正当化するために、「環境によい捕鯨」などと〝きれいごと〟を口にするのは、みっともないの一語に尽きます。
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